滝川市長宅の隣の焼肉屋『楽しい煉屋』が失火で全焼!棟続きの隣の倉庫までガッツリ全焼させる!

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2015年10月25日、北海道滝川市本町2丁目の焼肉店『楽しい煉屋』の店舗建物が営業終了後の『無人状態』で突然炎上し、全焼する大火災が起きた。当時、消防ならびに警察は即座にどう判断し、テレビや新聞でどのように報じられたか。

恐ろしい火災を現場写真と各ニュース映像を出典を明記の上で引用し、筆者の考察を交えて批評、レポートとしてまとめた。これはけっして消防車を追いかけるような野次馬根性での記事ではなく、火災概要のレポートと、火災の恐ろしさを考察し、それらを広く伝えるのが目的である。

そもそも今回の火災は放火ではないのである。そこに野次馬根性など入り込む余地は一遍も無い。

一部の写真は各報道機関から引用したものであることを明記する。一体、当該店舗にあの夜何が起きたのか。年表から省かれてしまった事実を見ていこう。

火災概要

狭い範囲に何十件もの店が犇めくこの辺りで、大きな火災など起きれば広範囲な延焼をも招く可能性があった。かつて滝川市内で起きた全半焼36棟の被害を出し、災害救助法の適用を受けた「黄金町大火」を想起させる。

報道によれば、当該店舗は午後十時過ぎに閉店し、出火当時は「無人」であった。無人とは人がいない状態だ。すなわち、なんびとも当該店舗にはいなかったのだ。それを一般的に「無人」と呼ぶ。決して、この部分を忘れてはいけない。

“別会社”の隣の倉庫まで全焼した

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鎮火直後の当該店舗を正面から。火災の恐ろしさがよくわかる。
正面向かって右は「海鮮工房やまだ」。そして左は・・・。
(写真の引用元 HBCニュース)

鎮火直後の当該店舗前には救助工作車と捜査用覆面パトカーのティアナが停まっている。開放された当該店舗の大きな扉の奥には、焼け落ちた屋根と思われる瓦礫の山が消防用のLED照明に照らし出され、生々しく映る。火は実に6時間後に鎮火。筆者が寝ている間中、くすぶりながらもずっと燃えていたのだろう。

余談だが、本件火災の2か月後、2016年の1月1日に起きた滝川郵便局裏の一般住宅での焼死火災において、火災鎮圧後に再び煙が上がるという不完全消火の不祥事を滝川消防自身も起こしている。

そして、26日の北海道新聞朝刊の地域面でも、その凄まじいまでの当該店舗火災が報じられていたので記事と写真を引用させていただいた。

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記事の出典 北海道新聞2015年10月26日版(空知地方版) 誌面より著作権法に則り引用した。なお、燃えさかる当該店舗とその手前の電柱の間に注目。

北海道新聞2015年10月26日版(空知地方版)の誌面から引用させていただいた記事には猛烈に炎を噴き上げる恐ろしい当該店舗と、それに立ち向かい今まさに消火活動をしている滝川消防署員らの写真が載っている。立派な消防士なのに月に妻から支給される毎月のお小遣いが少なく無許可でアル略。ネットスラングの”炎上”も定着して久しい。しかし言わずもがな、本来炎上という言葉が正しく使われるべき例は、暴言で綴られた不謹慎な中傷ブログに端を発する騒動ではなく、建物などの火災である。

同記事によると、当該店舗から出火した火は棟続きの隣の倉庫まで延焼し、店舗および、倉庫が全焼したという。

すぐ右側には「海鮮工房やまだ」所有の二階建てプレハブ型倉庫が所在している。

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引用元 HBCニュース

焼肉店 午後10時すぎ閉店 出火当時 誰もいない

典拠元 HBCニュース

誰もいないのに、無人の店舗で発火し、全焼してしまったのだ。そして即座に警察と消防は失火であると報道発表した。

『失火と放火(不審火)の両面で捜査をしている』という、いつもの警察発表のフレーズを聞かなかったのは意外だ。

現場で実際に見た全焼後の「当該店舗」の様子

日曜日で暇だったので実際に現場で写真を撮ってきた。

現場その1

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日曜日の昼過ぎに当該店舗の前を通ると、消防車が一台と、覆面が店の横に停車していた。隣の魚屋の敷地内の駐車場で刑事と消防からグルリと取り囲まれて事情聴取を受けている者数名。現場の交通規制はすでに解除されていた。

さて、実際に現場で全焼した当該店舗というか、倉庫を見る。正面から見ると全体が残っているような印象も受けるが、側面から見ると屋根はすっぽりと抜け落ちていることに息をのむ。これでは全焼というよりは崩壊といったほうが表現として適切かなと、崩れ落ちた煉瓦を見てそう思う。

店舗はとくに後ろ側が完全に崩壊。特徴的なレンガ造りの店舗建物はガワを残して屋根が抜け落ち、煉瓦は四散という酷い有様。大口を開いたままになった店の中央の扉。

その奥に見えるのは、焼け落ちた屋根の残骸、そして薄ら寒く白けた10月の空だけ。このうすら寒い空の白色だけは実に感慨深い。煉瓦倉庫の横の小屋は煉瓦外壁ではないので後付けの食材倉庫か何かだろうか。

小屋の屋根の一部は真っ黒になっているものの、屋根はほぼ残っており、また灯油タンクは焼損せず。

その手前の青いゴミ箱も残っている。

現場その2

店舗裏から。すでに現場の混乱は収拾し、警察も消防も電線復旧の北海電工もいない。そこに在るのは、変わり果てた姿のレンガ倉庫。そしてそれをスマホのカメラレンズ越しに見つめる筆者。renya0005
こちらは当該店舗に隣接する”倉庫”の様子。火災の激しさを伺わせる。煉瓦は燃えないというのが一般論だ。

見てのとおり、崩れてはいるが、煉瓦は燃えていないように見える。

煉瓦の詳しい耐火性能については筆者も知識不足であるが、一般的に煉瓦は良好な耐火性能を有していることは広く知られている。renya00003
こちらは公道上から撮影した店舗裏の様子。一体この店で何が起きたのだろうか。なぜ突然火が出たのか。煉瓦の外壁にのしかかる、ひしゃげたモノは金属製の屋根の残骸か。日本の一般住宅の火災現場に比べると、奇異に映る。まるで内戦続くシリアの住宅がアサド政権に空爆を受けたかのような悲惨な光景だ。

一世紀の歴史を持つ滝川の”おじいちゃん倉庫”だった

さて、ここで主に申し述べたいのは、当該店舗が入っていたレンガ倉庫の歴史的希少性およびその価値、また当時の時代的な背景に関する考察である。失われる前のこのレンガ倉庫の歴史は特筆に値する。

実はこのレンガ倉庫、明治末年に建てられた大変古い歴史を持つといういわゆる”歴史的建造物”であったのだ。

とは言っても、国や道に指定されているわけではなかったので、あくまで民間資産の単なる古い物件という位置づけであった。一方で、1888年(明治21年)に建てられ、国の重要文化財にも指定されている有名な「北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)」も実は1909年(明治42年)に一度、札幌大火による火災で屋根や建物内部が消失している。ただ、こちらは奇跡的に外壁のレンガは残り、2年かけて復元されている。やはり煉瓦は火災に強い。

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画像典拠元 Google Earth

 

宇宙空間から見た「楽しい煉屋」の様子である。

画像中央の銀色の屋根の匚の字型の建造物が当該店舗だ。上空からの写真で見ると、「店舗」と、別会社が所有する隣の「倉庫」とは棟続きだということがわかる。

しかし、報道によれば、別の建物だそうだ。

この別会社物件の倉庫を含めると、当該建造物はかなりの大きさを持っていたのがわかるだろうか。これが今回の失火により全焼してしまったという。

さて、元々今から100年ほど前の滝川駅は、全焼したこのレンガ倉庫の裏に所在していた。現在の滝川駅よりも北に1キロほどであろうか。

交通のかなめには昔っから倉庫がつきもので、当時この石造りの倉庫には米や醤油などが蓄えられていたという。当時の滝川の歴史は筆者も研究中であり、文献や資料をよく調べているが、勉強不足である。

著作権法における典拠元の明示(出所明示義務)
http://azusan36.blog40.fc2.com/blog-entry-1831.html

そして……北海道新聞の記事でも報じられている通り、なんとこの「当該店舗」の北隣は現・滝川市長の邸宅だったのだ。